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6日間のニュージーランドの旅がぼくの人生設計の全てを狂わせた

そらりん

どうも、国立大学の大学院をやめて旅人になることを決めた旅ブロガー、そらりんです。今回はニュージーランドを旅してから、ぼくの人生の歯車が狂ってしまったというエピソードについてお話しします。

ぼくはその昔、愛知県で最も頭がいいと言われる国立大学、名古屋大学で学生をしていた。

高校時代毎日8時間勉強するほど、超まじめだった。

大学に入った理由は安定した大企業に入るため。

それ以外のことに生きる目的なぞ、持ったことがなかった。

今まで夢もやりたいことも持ったことはなかった。

それで困ったこともなかったし、そのままの自分でいいと思っていた。

しかし、22歳の3月、ぼくは南半球にある島国、ニュージーランドを訪れた。

6日間の短い旅だったが、その6日間がぼくのその後の人生をすべて変えてしまったのだ。

今まで22年間エリート街道まっしぐらを進んでいた、順風満帆な生活は、たった6日間の旅によって、すべて覆された。

その後人生で最悪の地獄を見るとも知らずに。。。

計画性のない旅

あの時からだ。海外というものに興味を持ったのは。

21歳を迎えたばかりの春、ぼくはイギリスとフランスに2週間の旅行へ行った。

それからというもの、ぼくは「絶景」と称する写真にとりつかれていた。

いつかこんな景色を巡りたい。

そんな淡い夢を描いていた。

そして1年後の22歳を迎えた後の3月、ぼくはニュージーランドへ行くことを決めたのだ。

行き先を決め、ホテルも取らない計画のない旅だった。

その旅の後、ぼくは大学院をやめた

この物語の結末を先に言ってしまうと、ニュージーランドの旅を終えた後、ぼくは大学院をやめてしまった。

入って半年で、ぼくは誰もが羨む経歴を手に入れられる「名古屋大学大学院卒業」というプラチナチケットを捨てることを決意したのだ。

後悔は何一つしていない。

その後この世の地獄を見たりもしたが、3年たった今も、あのときのあの決断がぼくの25年の人生の中で最良の決断だったと断言する。

そこまで衝撃で刺激的だった6日間がそこにはあったのだ。

初めての海外一人旅

2016年3月某日。

ぼくは地球を南に横断する飛行機に乗っていた。

南半球にある自然があふれる島国、ニュージーランドに向かうためだ。

海外に一人旅をするのは、今回が初めてだった。

今までも一人で行動することが好きで、バスケットボールの全国大会を見るために千葉や京都に一人で行ったことはあったが、

日本以外の国に一人で行くという経験はしたことがなかった。

不思議と不安はなかった。むしろ、ワクワクとドキドキする気持ちが心臓から溢れ出そうなくらいに、興奮していた。

これからどんな冒険が待っているのだろうと思うと、うずうずして仕方がなかったのだ。

目的は「世界一美しい星空」を見ること

目的地はテカポという南島にある小さな町。空港のあるクライストチャーチから高速バスで3時間ほどのところにある町だ。

そこに行くことにした理由は、「世界遺産に登録されるかもしれないほど、キレイな星空」を見るためだ。

 

この地ではきれいな星空が見れるらしいという情報をウェブサイトで見つけたのだ。(星景写真家が厳選!“世界一美しい星空”と呼ばれる「テカポ湖」のおすすめ動画

生まれてこの方、都会で育ってきたぼくにとって夜空一面の星空というのは、プラネタリウムの中の人工的な空でしか見たことがなかった。

気がついたら、ニュージーランド行きの航空券を買っていた。

世界一美しいとうたわれる、その絶景を見に行くために。

現地を旅する日本人との出会い

そしてぼくはニュージーランドの地に一人で降り立ったのだ。

予約したバスに乗り込み、テカポへと向かう。

すべてが英語表記、英語音声だし、降りるタイミングを間違えて、違うところに連れていかれないかとそわそわしながらも、なんとか目的のテカポにたどり着いた。

泊まるホテルは相部屋のドミトリー。

簡素でベッドしかない部屋だ。

チェックインすると、スーツケースが一つ置いてあった。

他の泊まっている人だろう。

何人だろうかと想像していたところ、扉が空き、見慣れた顔立ちの人が入ってきた。

日本人の女性の方だった。

まさかと思った。

地球の反対側で泊まったドミトリーの同じ部屋の同じ国の人がいるなんて!

あまりの偶然に興奮した。

運命まで感じるほどだった。その人とはその後何もなかったが。

それからというもの、その日は1日中その人と一緒に過ごした。

ご飯を一緒に食べ、散歩をし、ここに来るまでの経緯などを語り合った。

こうしてぼくは旅の出会いという醍醐味を知った。

満天の星空

夜になった。

ずっと見たかった星空が見れる時間。

ニュージーランドの3月は日本と季節が逆だから、夏のはずなのだが、ダウンを着ていないと凍えそうなほどに、冷え込んでいた。

準備をして、外に出た。

すると、目の前にはまさに空一万に広がる星空が広がっていた

息が白くなるほど気温は低かったが、そんなもの吹っ飛んでしまうほどに、美しい眺めだった。

日本の都会では絶対見ることができない光景に、息をのんだ。

こんなにたくさん星はあったんだ。素直にそう思うほど、見上げるととにかく星がたくさん。

しかも時々動いたりしている。

ああ、見に来てよかった。ぼくは心の中で深く満足感を感じていた。

飛行機を逃した

空港で絶望感とともに食べたマック

 

楽しいときというものはあっという間にすぎる。

そのほかにもいろいろ楽しんだが、6日というのは本当に短い。

早くも帰るときが来てしまった。

さあ、我が国へ帰ろうとしたその矢先、ぼくは飛行機を逃した

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その事件は、空港で起きた。

飛行機の時間も決まっているツアーで来たわけではなく、自分で航空券を買って、ニュージーランドに来ていた。

それは帰りも同じ工程を通る。

行きがうまくいったのだから、帰りも大丈夫だろうと高をくくっていた。

しかし、ぼくは何と飛行機を逃すことになってしまったのだ。

原因はトランジットの短さだ。

南島のクライストチャーチから北島のオークランドに国内線で飛び、そこから日本の名古屋へ飛ぶ国際線に乗り換える航空券。

そのトランジットの時間は1時間もなかった。

でもこちらとしては、その時間で行けると思うのは消費者の当然の思考だ。

しかし、オークランド空港は国内線と国際線のターミナルをバスで移動しなければならない。

ただでさえ時間がないというのに、移動時間がかかる。

しかも、ぼくは預けていた荷物をオークランドで一度受け取らないといけないと思っていた。

が、実際は次の便にそのままもっていってくれていた。その説明を見逃していたまま、荷物が出てくるのをずっと待っていたのだ。

その2つの時間が積み重なり、チェックイン時間が終わり、ぼくは一人南半球の空港に取り残されることになってしまったのだ。

そのときの僕は、自分が抱いている感情が理解できなかった。

もちろん絶望感はあった。

しかしそれと同等のレベルで、もう一つの感情が入り混じっていた。

それは「旅って面白い」という興奮だった。

飛行機を逃し、あらたに8万払って新しい航空券を買わないといけないこの状況で、ぼくは楽しんでいたのだ。

平凡には終わらない、トラブル続きの旅。まさにおれが子供の頃、ゲームの中で体験したRPGそのものではないか。

そう思っていた。

次に何が起こるかわからないRPGのワクワクを、実体験している感覚だった。

もっと旅をしたい。

次の飛行機を待つオークランド空港にて、そんなことを決意した。

ミランダカーに遭遇

結果として、自分のミスで飛行機を逃してしまったので、自分で8万を払い、次の航空券を買った。

楽しかったとはいえ、大学生にこの出費は痛い。

本来ならば、払わなくてよかったお金なのだから。

喪失感にさいなまれながら、東京、羽田に降り立った。

なんとか帰ってこれたことへの安心感は大きかった。

あとは自宅のある名古屋に帰るだけだとほとっとしていたそのとき、

羽田空港の出口になにやら出待ちの列が並んでいるのが目に入った。

ミーハーなことには一切興味のないぼくは、そのまま通り過ぎようとした。

しかし、一人の待ち人が持っていたものが、ぼくの足を引き止めた。

それはテレビカメラだった。

そこに書いてあったのは、

「YOUはなにしにニッポンへ」

の文字。

俄然興味が湧いてきた。

外国人が来るのか?

もしかしたら、とんでもない大物なんじゃ?

そう思い、だれが来るのか、そのテレビスタッフに聞いたところ、ぼくは卒倒しかけた。

おいおい、まじかよ。

そんな大物がこんなところに現れるの?

半信半疑だったが、出待ちの列に混じって、ぼくも待つことにした。

そして彼女はやってきた。

ミランダ・カーだった。

当時、EXILEのタカヒロとコラボして、CMをやっていたから、すごく印象に残っているモデルの人だった。

生まれてこの方、芸能人に遭遇したことなどなかったので、色違いのポケモンを見つけたときのような、えもいえぬ興奮を感じた。

感想を述べると、まあ顔がちっちゃい。超細い。

とそんな感じ。一緒に自撮りに入ったり、サービス精神旺盛だった。

8万払って、飛行機余分にとったことなんて、ここでチャラになってしまった。

恐るべし芸能人の力。。。

ぼくは初めての海外一人旅において、8万円を払い、ミランダ・カーを生で見る権利を買ったのだった。

 

旅人になろうと決めた

・現地での日本人との偶然の出会い

・空一面に広がる星空

・飛行機を逃す事件

・飛行機を逃したが、ミランダカーを見る

 

この一連の予想外の出来事たちは、ぼくに1つの大きな決心をさせた。

旅人になろう。

そう決めた。

ニュージーランドに行ったのは、大学院に進学が決まった、大学4年の春だった。

大学の卒業目前のことだった。

世間的に見れば、一つの大きな節目を終え、新しい生活が始まろうとしていた。

しかし、タイミング悪く、ぼくはこの瞬間に、大学院での生活が自分の人生に必要でない工程であることを、悟ってしまった。

しかし、ぼくの心は揺るがない。

自分の心がそう決めてしまった。

自分でもその道に行くしかないことを十分理解してしまったのだ。

批判の嵐

大学院に入って1ヶ月で、ぼくは学校に行かなくなった。

必要がないとわかり、研究のやる気が全くなくなったからだ。

しかし、世間の目は冷たいものだった。

「旅をしたいんです」

そう言うと、心無い言葉が飛んでくる。

「就活どうするの?」

「なんのために行くの?」

「それをして何になるの?」

「帰ってきたあと、どうするの?」

今までおれになんて興味がなかったくせに、人が少し社会のレールからはずれようとしたときだけ、偽りの正義感を振りかざし、道を立たそうとする輩がそこら中に現れた。

ぼくが何をしようが、基本的には興味がないはずなのに、言うことだけはいっちょ前な人間の浅はかさに驚愕した。

その発言一つで、こちらがどれだけ傷つくかも知らないくせに。

ぼくは寂しかった。

孤独を感じた。

親にも理解してもらえなかった。

日本に帰国してから、ぼくの居場所はなくなってしまった。

何度も一人で泣いた。

でも諦めなかった。

諦めるわけがなかった。

自分の意見を押し通した。

旅を仕事にできる保証なんてない。やり方もわからない。

でもとにかくやめたい。その一心で、押し通した。

半年で、ぼくは大学院を中退し、社会のはみ出しものとなった。

それから3年後…

それから3年の月日がたった。

この記事を書いているのが、2019年6月11日。

大学院をやめたのが2016年9月30日。

今ぼくは何をやっているのか。旅を仕事にしているのだろうか。

答えはNOだ。

むしろ借金を200万も抱え、旅なんてできない状態だ。

今は旅を休憩し、会社員をしながら、借金を返済している。

しかし、ぼくは諦めない

会社員をしながら、次の手は打ちまくっている。

ブログを毎日1記事書き、プログラミングを独学で勉強して、副業で稼ごうとしている。

ずいぶんと遠回りをしてしまったが、なに後悔することはない。

この3年の間にいろんな発見があり、夢も増えた。

あのときの決意は一日たりとも揺らいだことはない。

「旅をする」という夢を叶える、それだけのために今ぼくは最短経路を生きている。

あのときの決断が、あのときの旅がぼくの人生を変えたのだ。

あの経験があったから、ぼくは今日もがんばれる。

ぼくは必ず人生を逆転する。

自分のやりたいことを実現するため、ぼくは今も満員電車の中でこの記事を書いているのだ。

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クソアニオタ旅ブロガー。 旅とブログとアニメを愛しています。 8カ国400日以上海外を旅し、ブログ歴2年で800記事を書きました。 アニメは9ヶ月で180作品を観破。 夢は世界全周です。